人は過去を振り返るとき、しばしばそれを「激動の時代」と呼ぶ。
だが、技術革新の甚だしい近代社会において、
今日の常識が明日には過去となる現代において、
「激動でない時代」は存在したのだろうか。
人が生きれば、社会が動く。人が死ねば、時代が動く。
誰もが時代の変化に否応なく巻き込まれ、昨日までとは異なる世界へ放り出される。
大きなうねりの中で、それとは無縁と思い今日を生きた我々の内側に、抗うことの出来ない変化が訪れる。
昨日までの自分ではいられなくなる。
どう生きようが。どう死のうが。
人が、人生が。激動なのだ。

ひとつの時代を振り返る。振り返らせてほしい。
今をときめくZ世代、特に2006年以降に生まれた方々には、
これが つい十数年前の出来事だと、知ってほしい。
時は2011年。
その年の暮れ、一人の男が死んだ。
到底 広大とは言えぬ土地。
四方を経済大国に囲われた、東アジアの小国で。
17年に渡って政権を掌握し、核を背に大国さえ揺さぶり続けた男が死んだ。
彼は絵に描いた独裁者で、その独裁は父の代から続いていた。
彼ら一家の「粛清」はお家芸と化しており、反対派は親類まで辿って殺した。
忠実な部下でも、将来自分に匹敵する可能性があれば殺した。
官僚を処刑しておいて、そんな理由で処刑したとは言えないので、
「行事の最中にあくびをしたから」等と発表した。
スパイの言語教育の為、多くの日本人を拐った。
(そのほとんどが今でも行方が分からない)
そんな独裁を親子2代。実に63年間も続けていたのである。
それでも、世界中の誰もが彼を締め上げることは出来なかった。
独裁維持の為なら、筆舌に尽くしがたい行為も出来る男だった。
彼は、核・ミサイルの傘を惜しみなく広げた。
彼の死をもって 誰もが、ひとつの時代の終わりを感じた――
しかしそれは、平和の時代を告げる死ではなかった。
63年続いた独裁のバトンは、三男に託されることが確定していた。
当時28歳のうら若き青年が、その国をどこへ導くのか。
誰にも分からなかった。誰もが不安だった。
―――父は絵に描いた独裁者だった。
部下の血を根絶やしにし、日本人を拐った。
―――それでも。
度重なる大国からの圧力の中で、世界中を敵に回しても、
世界を終わらせる最後のスイッチは押さなかった。
―――じゃあ、その息子は?
悪い男が死んだのなら、それはそれで良い。
しかし、昨日までを「最悪の時代」と言えるかどうかは、
今日が終わるまでは分からない。
「悪かった」父の63年が終わった。
その息子が「最悪」でない保証は無い。
そして―――
激動の2012年が幕を開けた。

当時 日本社会を覆う空気は決して明るくなかった。
2011年3月には東日本大震災が日本を襲った。
死者15000人以上、行方不明者は2500人を超えた。
未曽有の悲しみから立ち上がるには、あまりにも早すぎた。
政治に目を向ければ、政権を担う民主党と、政権奪還を狙う自民党が対峙していた。
復興の最中 失態を晒す民主党、揺れ続ける政治。そして隣国の世代交代。
幾重もの不安が社会を覆ったその只中、
東京スカイツリーが立ち上がった。
全高634m。
地上450mには展望回廊を備える塔が、当時世界一の自立式電波塔として日本の空を天高く穿ったのである。
それは分かりきった出来事だった。
震災、政治不安、独裁者の死、核の脅威。
何もかもが分からない時代において、スカイツリー開業は「何年も前から分かりきった出来事」だった。
誕生日を祝うこと、時には笑うことすら不謹慎と叩かれた当時において、
何年も前から分かっていた通りにスカイツリーが開業した。
なんだか手放しで喜んで良いような気がしたし、それまでは無理に明るい話題を探していたテレビの報道が、
その話題の時だけは純粋な明るさを取り戻した気がした。
当時学生だった私は、やっと親に買ってもらったギリギリ時代遅れのガラケーでネットを漂うことが目下の楽しみだった。
学生ながらに社会を取り巻く不安感をビシバシ感じていた私にとって、
そして不安を通り超すほど勉強が出来ない事実に直面していた私にとって、
セルフプレジャーが一人時間の唯一の拠り所だった。
街で女性を見かければ勃起するし、夢を見れば夢精する。
寝ても覚めても悦楽を欲するオナニーモンスター。
世の中では悲しいニュース、分かってる。
世界が危険に晒されている、分かってる。
そんな中でなんて不謹慎な、分かってる。
全てはタイミング。
私が生まれたタイミング、世界のタイミング。
世界にとって激動の時代が、私の初期衝動と重なった。
私の人生において最も右腕と包皮が大激動した時代。
激動の時代が始まったのである。(2012年~継続中)
チンポを摩擦すること自体はこの頃に覚えた訳ではない。
それ自体は前から知っていたし、夢中で扱いた時期もあった。
しかしそれがライフワークというほどのアイデンティティは無かった。
10代特有(?)の、事後の罪悪感が苦手だったからだ。
当時は2週に1回あるいは2回ほどのペースで夜な夜な風呂場で吐精していた。
なお、無知により排水溝のケアを実施していなかった為、
家庭内での立場が自覚せず死んでいたことには後年気付いた。
その頃の燃料といえば、10代の想像力による妄想が5割。
ガラケーで見れる1:30程のエロ動画サイトが3割。
「無心」が2割であった。
「無心」は今でも稀に実施する。
自らの意志では到底整えられないほどに整ったコンディション、
そして湧き上がるリビドーが天元突破した際に行う。
あらゆる燃料に勝る「原初の爆発」を感じられる。
脳内でビッグバンが発生、瞼の裏で銀河が眩しい渦を巻く。
具体的な方法は一子相伝とする所存により割愛。
なお当時の動画閲覧は違法視聴で、誠に申し訳なく思っています。
私自身の経済的な成長による購買力の向上は勿論ですが、
身体を張って我々に明日への活力を与えて下さる女優様方への
当時の誠意無き射精に対して反省の意を忘れず、成人(就職)以降は購入しています。
そして何故か今日、その思いが私にキーボードを叩かせるに至りました。
溢れる思いを書き連ねているうちに、夜が明けてしまった。
金一家のみならず 私にとっても激動の時代にあった2012年。
そこから始まった私のAV人生を語るにあたって ここが一つのチェックポイントと思う。
よって、一旦ここで終わらせて頂く。
以上

長男は反体制派だった。
白昼堂々 警備も付けず他国を飛び回った。
祖国の体制を公然と批判した。
丸いシルエットに無精髭。父とのギャップと、父の面影。
一部では正男(まさお)の名で愛された。
父の死後、世界中が彼の動向に注目した。
「次男は指導者としては力不足」
「だから三男の継承に向けて現体制は準備している」
各国のメディアで伝えられた。みんな知っていたし、そうなった。
「それでも長男だ。彼の知見が国を変えるかもしれない」
「すぐには無理だ。でも彼がいれば、パイプは繋がっている!」
みんなが期待していた。誰も未来なんて分からなかった。
独裁に終止符を打てる男!アジアの未来を照らす光!
2017年2月13日
弟が父を継いで5年後、
彼は白昼堂々 公然と毒殺された。
